葉っぱのフレディ🍃5
- ここよーこ
- 2024年12月13日
- 読了時間: 2分
先週母が寝たきりになり、食べることからすべて介護が必要に…
離乳食を作り、おむつを替え、まるで赤ちゃんの世話をしているみたい。父が亡くなる前、人間はその体から離れる時とても苦しいんだな、と思いました。体があるから痛みや苦痛があって、時間も空間も決まってくる。私たちには目に見える部分と目に見えない部分があって、体から離れたとき、目に見えない部分の自分だけになり、痛みや苦痛からは解放されるのだと思いました。と同時に「自分」は自由になり、どこへでも行けるような…
母が20年前、突然心臓が破裂し、奇跡的に助かったが何日も意識が戻らず、目が覚めたときに「火星に行ってた」と言い出した。その後も何度もそう言った。はじめは「はいはい」と聞き流していたけど、最近になって、もしかしたら本当かもしれないと思うようになった。お借りしていた体から離れたら、ブラックホールにだって、太陽にだって行けるのでは?
この世から旅立った人は、きっといろんなところに予約もせず、荷物も持たず、乗り物にも乗らず、お天気も関係なく、好きなところに旅行できるのかも!
そしていつかまた「かたち」をもらい、その人(人だけじゃなく)にしかできない仕事に励む。
その様子は、きっと空から見たらとても美しいのでは…
そのようにして「いのち」は始まり続けているのだと思えます。
この物語を子どもたちと何度もくり返して読み合わせをしていると、文章を自然に覚えてしまい、折りに触れて頭の中で音楽のように聞こえてきます。そうして家族やペットを亡くしたときも救われました。
「痛くもなく こわくもありませんでした。」
「フレディがおりたところは雪の上です。やわらかくて 意外とあたたかでした。引っこし先はふわふわして居心地のよいところだったのです。」と。
そして今回久しぶりに「葉っぱのフレディ」の本を新しく購入したら、以前の本には書かれていなかった一文がありました。
「フレディは 生まれたところに かえったのでした。」
わかるようなわからないような、でもわかりたい。まだまだフレディ旅は続く…。
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